2020-05-01から1ヶ月間の記事一覧

わかるって楽しい!

今年からうちの会社の管理職の月例会議で、課題図書を配ってその感想を各自が1分で発表するということをやっている。 これをやりだした目的は、私が言いたいことを本に代弁してもらうということと、本を読む習慣を身につけてもらいたいということからである…

誕生日は両親に感謝を伝える日である

今日は私の誕生日である。 目覚ましよりだいぶ早い5時半に起きることができ、朝からウォーキングに読書、朝風呂と朝にやりたい3つのことすべてをこなすことができ、今年の誕生日は上々の立ち上がりである。 さらには、姪っ子(中学生)からおめでとうメッセ…

子育てしている母親の機嫌は複利で悪くなる

新型コロナウイルスに関連して、医療キャパシティを十分を確保しておかないといけないという記事を書いた。 chikaran.hatenablog.com 『いつも「時間がない」あなたに』で紹介されている、チェンナイの露天商の借金問題を引き合いに出して、借金にならないよ…

選択肢があるということは必ずしもいいことではない

chikaran.hatenablog.com この記事でも書いたが、朝はウォーキングをしている。 最近は飲み会もなく、よって飲みすぎるということもなく、雨の日以外はほぼ歩いている。 朝歩くのは爽快だし、アタマもすっきりして考えごとするにも、オーディオブックで耳学…

出張は福利厚生である

新型コロナウイルスの影響で、人の行き来が止まっている。 企業においても、とくに都市部で在宅勤務が広まっており、全国的に見ても、営業で他社の企業を訪問するという行為はほとんど行われていないのではないだろうか。出張なんてもっての外である。 うち…

親は、子どもがかわいいから甘やかすのではなく、自分がめんどくさいから甘やかす

私には今4歳半の娘がいるが、かわいくてしょうがない。 30代後半のときの子どもということで、今ではあまりめずらしくないが、自分が父親が20代後半のときの子どもだったので、それと比べると10年遅い。 だからなのかどうかわからないが、またひとりっ子だか…

「努力の娯楽化」のはじめの一歩としての「努力の集中化」

「努力の娯楽化」という言葉がこのブログではよく出てくるが、これは私が尊敬する経営学者の楠木建先生が『「好き嫌い」と才能』という書籍で紹介されている考え方だ。 仕事において余人をもって代えがたい存在になるには、絶え間ない努力の投入が必要になる…

GWの短期目標を振り返る

今年もGWが終わった。ちまたでは(地方ということもあって)コロナの問題も、感染者数が少ないからか、それとも飽きてきているのか、そろそろ自粛解除してもいいでしょ、という空気になりつつある。 正直なところ、感染者数もゼロに近く、この地域だけを見れ…

朝のルーティーン

ここ最近、私の朝のルーティーンとして、ウォーキングをしている。 ほんとは走りたいのだけど、歩くほうが考えごとやオーディオブックを聞くのに適していて、たまに走ることもあるが、歩き中心になっている。 ランニングでもウォーキングでも、習慣化したい…

経営者の仕事は本を読むことである

このブログは2年前に、私が社長に就任した日に始めており、そのときからタイトルは「経営者の仕事は本を読むことである」としている。 このタイトル自体は、ほとんど悩まず、これがいいなと決めたことを覚えている。 こんなタイトルだと、書評ブログかと思わ…

日記の効用

4月1日の入社式に、社長の挨拶として、私は新入社員に1ヶ月間日記を書くように課題を出した。 社会人をスタートさせる、入社1年目の1ヶ月目、どういうことを思っていたのかを記録し、後々読み返してもらいたいと思ったので、そういった宿題をやってもらうこ…

「世界一美味しいコーヒーの淹れ方」はコーヒーという領域に補助線を引いてくれる良書

私は2年前に、某結果にコミットするジムに通って以来、砂糖入りのコーヒーを飲むことがほとんどなくなった。 別段コーヒーが好きなわけでもなかったが、よく微糖のコーヒーを飲んでいた。しかし、ジムに通っていた期間は飲めなかったので、たまにブラックを…

ビジネス層に自粛容認派が少ないのは、主婦層と意見が同じだと格好悪いから仮説

この↓の記事でも書いたが、今回の新型コロナウイルスの関して、いわゆるビジネス層というか知識人層の多くと、専門家(今回の場合は医師や研究者)の人たちの意見が異なっているように見える。 chikaran.hatenablog.com 当然、専門家でも意見も異なるし、ビ…

「子育ては人生最大の娯楽である」というリフレーミング

私の娘は今4歳半。30代後半での子どもということもあってか、本当にかわいい。目に入れても痛くないというやつである。 しかしながら、ここまでたどり着くには、紆余曲折があった。 それは娘と、というより、妻とである。 私たちは、いわゆるできちゃった結…