ドラッグストア乱立

今朝、近くのスタバで仕事とか考えごとをしようと、歩いて向かっていたときのこと。
幹線道路沿いの割りと広い土地が更地になっていたところに、建物が形を現しだしたので、何ができるのだろうと見てみたところ、ドラッグストアの運営会社の名前があったので、おそらくドラッグストアができるのであろう。
それにしても、最近よくドラッグストアができる。
つい先日も、今朝見た場所からそんなに離れていないところに別の会社のドラッグストアがオープンしたばかりだし、1年くらい前には今回と同じ運営会社のドラッグストアが、これまた割りと近くに新規開店したのを覚えている。
もともとそこそこの店舗数があったのだが、それに加えて新規開店が続いているので、スーパーよりも多いという印象である。
 
どのくらいのドラッグストアがあるのか、ちょっと気になったので、私の自宅から徒歩30分圏内で調べてみたところ、いわゆる道路沿いのそこそこの大きさのドラッグストアが7つあった。これにショッピングモール内に入っているドラッグストアや、商店街にあるものも加えると9つ。さらに冒頭の建設中のドラッグストアが開店すると10店舗になる。
 
そもそもドラッグストアとは市販薬を売る(ことができる)薬局のはずで、最近ではそこに食料や日用品を売る店が多くなっている。ほとんどスーパーと同じ品揃えで、違いといえば薬が置いてあるかどうかくらい。
先ほど私の自宅の徒歩30分圏内に10店舗もあると書いたが、その中には同じブランドの店舗が3つあったりする(しかも2ブランドも)。
地方で車社会なのに、ドラッグストア内の競争もあれば、スーパーとの競争もある中、こんなに近くにこんなにドラッグストアがあっても仕方ないと思うのだが、どうなのだろうか。
 
スーパーとの比較でいえば、やはり薬の利益率は高いということなのか。その分、食料や日用品の価格を下げることができ、スーパーとの差別化を図ることができるのかもしれない。
では、ドラッグストア内の競争はどうか。考えられることとしては、店舗数を増やすことでバーゲニングパワーをつけようということか。過当競争は承知の上で、体力の削りあいながらでも規模の拡大を追求をしていると考えるのが妥当なのだろう。そう考えると、この出店ラッシュも合点がいかなくもない。
 
ただ、そうなると、今ある店舗のうち、いくつかのブランドはどこかの段階で撤退を余儀なくされるはず。
向こう3~5年くらいのスパンでこれらの店舗がどう推移するのか、注視したいと思う。
 
ということで、ドラッグストアの新規オープンが止まらない、という話でした。

賃上げしてもしなくても厳しい時代

今年も春闘がはじまった。
うちの会社も労働組合があり、毎年この時期は労働条件の改善に向けての組合側の要求がある。
 
その組合側からの要求だが、今年は明らかにこれまでとはモードが変わったように感じている。
それの違いは何かというと、ベースアップによる賃上げ要求の強さである。
 
デフレ下であった、平成時代は、いわゆるベースアップという言葉は死語とした扱われていた。
物価が上がるどころか下落傾向にある中、うちの会社でも少なくともここ20年くらいはベースアップはなし、定期昇給だけを毎年行ってきた。
 
ところが、ここ数年物価は上昇。それにあわせて、ベースアップを求める声も多くの企業で聞かれるようになってきた。
実のところ、うちの会社の昨年の春闘でもベースアップの強い要求があるのかなと思っていたが、このときはそこまでではなく、それでも少しはベースアップをしてほしいという要求があり、少額ながら数十年ぶりにベースアップを行った、という感じであった。
それに対して、今年は明らかにモードが違っており、組合側からは少々のことでは引かないぞという姿勢が見られるというわけである。
ここに来て、大企業だけでなく、中小企業にも強い賃上げ要求の波が押し寄せていることをひしひしと感じている。
 
さて、このベースアップ、経営側にとっては、一度上げると今年だけでなく、今後ずっと固定費が上昇することを意味する。
例えば、今回月額10,000円の賃上げを行ったとする。すると、年間で120,000円。100人従業員がいれば、1,200万円固定費アップになるのだが、これは今年の固定費アップだけではなく、来年も再来年も毎年今よりも1,200万円の固定費アップになる。これはあくまで本給だけの上昇分で、法定福利費や残業代にも効いてくるので、さらに費用はかさむ。
利益率がわずかしかない中小企業にとってはかなり大きな負担となる。
 
一方で、賃上げができないと、今度は採用に苦戦することになる。自社だけ賃上げしなければ、当然その分給与の差が生まれ、他の会社に人材をとられてしまう。さらには採用できないだけでなく、隣の会社が賃上げするのであれば、そちらに転職すればいいとなって、現在いる社員の流出にもつながりかねない。
利益が確保できないから賃上げを見送れば、今度は人がいなくて事業を継続できないなんてことになりかねない。
 
こうなると、どちらに進むもなかなか険しい道になる。
ベースアップによる賃上げを実行した結果、それだけ利益が削られ、いずれ事業が成り立たなくなるか、賃上げができずに人が集まらず事業を継続できなくなるか。今後こういった会社が増えてきて、いわゆる安い労働力が手に入ることで事業を続けてきた企業が継続できなくなる、そういう時代に突入していくのだろう。
幸い、今はどこも人手不足。倒産する企業が少々出たとしても、その労働力はいくらでも吸収できるだろうから、大きな混乱には至らないと思われ、政府からの救済もあまり期待はできない。
そんな企業淘汰の時代がやってくるかもしれない、と思った次第である。
 
ということで、賃上げするも、しないも、どちらも大変だ、という話でした。

翻訳本が読みにくい理由

今年は毎月5冊の本を読むと目標ともって取り組んでいる。
かれこれ15年前になるが、社会人になってから大学院に通っていたころは、月に10冊は読んでいた。その中には学術書も入っていて、なかなか読みごたえのある本も多かったが、割と苦もなく読めていた。
しかし、ここ最近はちょっと厚い学術書がなかなか読めなくなってきている。学生時代と違って、本を読む時間を取るのが難しいというのもあるが、それ以上に読書体力といったようなものが衰えている感じで、かなりきついと感じている。
とくに海外の学術書で翻訳されたものは、もともと読むのに時間がかかったが、最近では手にすら取らなくなっている。
こういった翻訳本、昔から読みにくいと感じることが多いのだが、なぜ読みにくいのか最近気づいたことがあるので、ここでまとめておきたいと思う。
 
まず1つあるのは、翻訳の上手い下手がある。もともとは海外の本なので、日本語ではない言語で書かれている。それを半ば無理やり日本語に置き換えているわけだが、その翻訳が下手くそだと当然読みにくくなる。その本の内容の専門ではない人が訳すと往々にしてわかりにくくなることがあったりする。
 
だが、それ以上に翻訳本が読みにくい理由は、固有名詞がわかりにくいことにあると思う。
経営書であれば、具体的に企業名が出てくることが多いのだが、その企業名に馴染みのないものが多いと、その企業がどんなことをしているのかわからないので頭に入りにくい。これが日本の企業であれば、だいたいどんな企業かイメージがつくので、スムーズに読み進めることができる。
例えば、ビジョナリー・カンパニーという名著があるが、ビジョナリー・カンパニー(1)とビジョナリー・カンパニー2では読みやすさが違ったように記憶している。どちらも海外の企業が多く取り上げられているのだが、1のほうはグローバルにも有名な企業が多いので、スッと入ってくるのだが、2のほうは割りと日本では知られていない会社が多いので、何の業界の企業なのか確認しながら読むことになったりする。
 
また、出てくる固有名詞が、個人名を指しているのか、企業名を指しているのかわからないことも多かったり、人の名前のが複数出てくるとどっちの人だったかわからなくなったりする。
日本の固有名詞であれば、こういう問題は起こりにくい。
 
そんなこんなで、どうしても海外の本は避けがちになっている。うちの会社では、管理職に毎月1冊本を読ませているが、こういった翻訳本を渡すと読書自体が(もともと嫌いなのだが)さらに嫌いになってしまいそうなので、避けるようにしている。
 
とはいえ、当たり前だが、海外に優れた本は多い。分野によっては日本が遅れているものもあったりするので、あまり毛嫌いをしている場合でもない。
読書体力は落ちているが、たまにはちょっと厚手の海外の翻訳本も読んで、いろいろと知識を得ていきたいと思う。
 
ということで、翻訳本は固有名詞が出てくると読むスピードが落ちてしまう、という話でした。

株主総会雑感

今日、うちの会社の株主総会があった。
2018年の株主総会で私は代表取締役に就任したので、私に責任がある株主総会としては6回目となる。
 
株主総会自体は、株主もそう多くないため、何か波乱の要素があるわけでもなく、いわばシャンシャンで終わるのだが、それでも終わるとちょっとした安堵感は毎度ある。
今回もあらかじめ用意した原稿を読む挨拶と、これまた準備された台本通りの議事ということで、予定通りに会は進んで、ものの15分くらいで終わったが、それでも終わって一安心といった感じであった。
 
とくにこれが赤字決算の総会となるとちょっと身構える。
今回はどうにか黒字で乗り切っての総会だったので、そこまで神経質にはならなかったが、赤字ともなるとそうもいかない。
赤字だからといって厳しい質問がくるわけではないのだが、一応想定はしておかないといけないので、やはり気疲れはするし、当たり前のことだが、利益は出さないといけないなと反省する機会になる。
それを思い出すと、改めて利益を出すのは大事だなと思ったりした。
 
うちの会社はいわゆる材料を扱う、業界の川上に属する企業ということで、市況に影響を受けやすい業態と言える。
昨年も前半は市況の追い風を受けて、いくらか貯金ができたが、後半は反転、前半の貯金で逃げ切った1年だった。その流れを受けて、今年は向かい風のスタート。その風も前半くらいで止むと思っていたが、どうなるかあやしくなってきている。
そんな市況に影響を受ける業態から抜け出すべく、少し川下に事業を展開していかないといけないと考えているのだが、今日の株主総会がその想いを新たにするいい機会になった。
 
ということで、とくに問題もなく株主総会が終わった、という話でした。

胃内視鏡検査感想

今日、胃の内視鏡検査に行ってきた。
たしか前回は2018年にだったと記憶しているので、5~6年ぶりの検査となった。
もう40代も中盤になったので、少なくとも5年に1度はやっておいたほうがいいということで、本当は去年の予定だったのだが、なんだかんだで先延ばしにしてしまい、今日となった。
 
これまでの検査と今回の検査での大きな違いは麻酔を使うかどうか。
今回で4回目の胃の内視鏡検査になるが、1回目は経口、2,3回目は経鼻の検査だった。鼻からのほうがだいぶ楽になるとは聞いていたが、実際やってみると口よりかはマシではあったものの、それでもだいぶきつかったこともあり、今回は麻酔を使っての経口検査にしてもらった。
麻酔と言っても、手術で使うような麻酔ではなく、静脈に鎮静剤を入れるものらしく、個人によって効きが違うとのこと。眠ってしまう人もいれば、ぼーっとするだけで意識が残る人もいるとのことだった。
 
実際の手順は以下のような感じ。
9時過ぎに診療所の到着。そこから、まず来月受ける腸の内視鏡検査の説明を受ける。
9:50くらいから検査室に入る。検査台に横になって喉に麻酔ゼリーを4分くらい含んで、その間に点滴用の針を手首よりちょっと腕側に刺して、麻酔の準備。ちょっと痛かったが許容の範囲。
ゼリーを吐き出したら、マウスピースをつけられて、麻酔を点滴から入れるとのこと。
どのくらい麻酔が効くのだろうかとドキドキしていたら、すぐに意識がなくなったよう。気づいたら検査台が移動していて、何も感じずに検査終了。
検査が終わったのが10:25ごろとのことで、気づいたのが11:30くらいだったかと思うので、1時間ちょっと寝ていたのだろう。
正直、これは楽だと感じた。
その後、ぼーっとしていて、さらにちょっと待たされて、検査結果を聞いたのが12:25くらい。
そこから会計を済ませて診療所を出たのが12:45。ということで4時間弱の検査となった。
 
検査結果としては、胃にポリープがあったため確認するとのことと、十二指腸が少し荒れているとのことで胃薬をもらって帰った。詳細は後日になるとのことだった。
 
そんなこんなで、前日からドキドキだった胃の内視鏡検査。終わってみるとあっけなかったが、これで次回以降はためらわずに検査できそうである。
 
ということで、胃の内視鏡検査、50代になったら3年に1回くらいは受けようと思った、という話でした。

クレジットカード非対応への愚痴

本当は去年のうちにやっておきたかった、胃の内視鏡検査が明日に迫った。
1月に予約して、もう少し先の話かと思っていたが、時の経つのは早いもので、もう前日になってしまった。
今回は麻酔+経口での検査。麻酔自体、歯の治療でのものを除けばおそらく初めてで、正直ちょっとこわい。いや、ちょっとではないかもしれない。
とはいえ、今さらどうにもならないので、ここは観念して受けてきたいと思う。
 
さて、ここでの本題は内視鏡検査自体ではない。
内視鏡検査を受ける診療所の決済について。
先日、診断と検査の予約のために、この診療所に行ったときのこと。帰りにいくらかかるか確認したら、数万円の単位とのことだった。
検査費用についてはそういうものなので仕方ないが、そのあとクレジットカードが使えるか聞いたら、不可という答えが返ってきて愕然とした。
この診療所、かなり新しくて、ここ5年くらいで開業しているのだが、なんで開業のときにカードくらい対応しなかったのか、と文句を言うのをぐっと我慢して帰路についた。
 
最近はキャッシュレスの生活に慣れていて、現金は極力もたないようにしているのだが、仕方がないので今日コンビニでそのお金を下ろしてきた。で、そのときの手数料が330円もかかり、またもや愕然とした。
よく言われることだが、ゼロ金利の時代に5万円下ろすのに330円かと。
まあ、これ自体もコンビニATMを維持するために仕方ないということは頭ではわかっている。
ただ、何が理由かわからないが、診療所がカード対応していないがために、余計に330円を払わされたことになんとも言えないもやもやした気持ちが起きたのは間違いない。
わざわざお金を下ろすためにコンビニに行き、そこで330円の手数料を取られ、さらにその現金を持ち歩くことを考えれば、カードの手数料払うから、カード払いできるように対応してほしいと切に願う。
 
先日このブログでも書いた、美術館の音声ガイド端末貸出サービスのように、少額決済であればまだクレジットカード対応を渋るのも許容できるが、高額支払いがあるところではきっちりクレジット対応してほしいと思った次第である。
 
ということで、病院でのクレジットカードの対応は義務化してほしい、という話でした。

音楽が思い出をよみがえらせる

日曜の夜、YouTubeを何の気なしに見ていたら、Superflyのライブが公開されていたので見入って(聴き入って)しまった。
どうやら、最新のツアーを記念して、1年ちょっと前の2022年11月のデビュー15周年のライブを特別公開しているとのことだった。
 
私はSuperflyの曲を聴いていると、大学院のときのことを思い出す。
Superflyがデビューしたのが2007年で、私が大学院に通っていたのが2007年4月から2009年の3月までということもあり、当時カラオケでも「愛をこめて花束を」がよく流れていたのを覚えている。
 
YouTubeから流れてくるSuperflyの曲を聴いていたら、とくに特定の場面が思い浮かぶわけではないのだが、なんとなく当時の雰囲気というか感覚がよみがえってくる。
うまく説明できないのだが、いろいろなものが凝縮されて、胸がギュッとなる感覚になるのである。
ただ、面白いのは、今回改めて調べてみると、当時とくにヒットした曲といえば、上述の「愛をこめて花束を」くらいで、次に私がヒットしたシングル曲として認識している「My Best Of My Life」がリリースされたのは私が大学院を修了した後なのに、初期のSuperflyの曲を聴くと大学院時代を思い出すのである。
この時期に「愛をこめて花束を」を聴きまくった(+歌いまくった)からかなと思ったが、ちょっと調べてみたところ、1stアルバム「Superfly」がリリースされたのが2008年5月で、これをかなり聴いていたため、このアルバムの収録曲を聴くと大学院時代を思い出すのだろうということと、加えて大学院が終わった後もその余韻があって、その余韻の時期に聴いた楽曲も含めて、勝手に自分の脳の中で大学院時代に包括しているのだろう、という結論に至った。
 
何にせよ、音楽には当時の空気というか感覚というか、思い出をよみがえらせる力がある。
ちょっと前に読んだ(聞いた)「DIE WITH ZERO」という本で、人生は思い出づくりであるということが書かれていたが、そのときに聴いていた曲がその思い出に彩りを与えてくれるのだなと思った次第である。
せっかくなので、当時のSuperflyのアルバムもまた聴いてみようかなと思ったりした夜となった。
 
ということで、その時代によく聴いた曲が流れるとその当時の思い出がよみがえる、という話でした。