「新型コロナとワクチン 知らないと不都合な事実」を読んで、編集のプロの仕事を垣間見た

前回までの2回の記事で、「新型コロナとワクチン 知らないと不都合な事実」を読んで、新たに理解することができた点についてまとめてみたのだが、今回は本書における編集Yこと山中浩之氏の役割について考えてみたい。
本書の特徴として、インタビューをしてそれを編集するというやり方ではなくウイルスの専門家である峰宗太郎氏と山中氏の掛け合いの形式になっているということが挙げられる。
コロナに関しては素人であるが編集のプロである山中氏が「プロの素人」として、専門家(峰氏)と読者の間に入っていることに、意味があると私は感じている。
 
ここでは私がこの本を読んで、山中氏の「プロの素人」としてのここがすごいと感じた点を3つ挙げてみたいと思う。
 

言葉をきちんと定義する

私は、この本は丁寧につくられているなと感じたのだが、その理由は1つひとつ言葉の定義を確認しながら進んでいるから。
おそらく峰氏も意識して説明してくれていると思われるが、あわせて山中氏が細かいところを見逃さずに確認しながら話を進むので、読者は取り残されずについていくことができる。
 
編集Y:あ、ちょっと待ってください。基本再生産数と実行再生産数はどこが違うんですか?
 
このように、似ている言葉もそれぞれきちんと確認し、違いや差を明確にしてから話を進めてくれている。
コロナに関する問題では、こういった似ているが意味が異なる言葉が多いのだが、その違いについても正確に理解できる。
 
またこの本では、英語の略語についても、どういう単語の略かがきちんと載っている。
英語の3文字略語を日本語で説明されることがあるが、英語でもきちんと書いておいてもらえると、ニュアンス含めてより正確に理解できる。
 
例えば、PCRはPolymerase Chain Reactionの略。ポリメラーゼとは「DNAやRNAのような核酸ポリマーや長鎖を合成する酵素のこと」らしいが、DNAとかNRAの鎖(Chain)の反応のことを指していることがわかる。おそらく、DNAのようなものの反応を見る検査なのかな、くらいには理解できるのである。
 
他にも、致死率の概念でCFRとIFRという言葉が紹介されている。
CFR:Case Fatality Ratio(致命割合)
その感染症だと確定診断された人のうち亡くなった人の割合
IFR:Infection Fatality Ratio(感染致命割合)
確定診断は出ていないが、その感染したと思われる人のうち亡くなった人の割合
 
致死率としては、IFRのほうが分母の数が多くなるので、桁違いで小さくなる。
では、なぜIFRが必要かというと、発展途上国のように検査があまりできないなど、医療体制に差がある国どうしで致死率を比べるには、この概念がないと比較ができないからである。
 
こういった、言葉の違いやその言葉が必要な理由まで丁寧な説明があるので、読者は置いていかれずに理解を進めることができる。
 

別の言葉や例えを使って、専門家の説明を翻訳してくれている

この本のように、ワクチンや検査などの専門的な説明が多いと、読者の理解度にバラつきが出る可能性が高い。
そこを山中氏は、別の言葉や例えを使って、補完的に説明してくれることで、読者が置いてけぼりにならないよう配慮してくれている。
 
編集Y:ウイルスの製造工場が喉や鼻にできちゃって、そこに警察が踏み込みにくいと。
 
これは、インフルエンザに代表される呼吸器感染症のワクチンが一般的には効きにくいことを説明している箇所の例え。
その理由は、症状が全身に出るような感染症であれば、ウイルスは血液を介して体中に流れるので、抗体が効果的に効くのに対して、呼吸器感染症はウイルスが鼻とか肺の上皮にくっつくため、ウイルスは鼻の粘膜などで増え、血液中にある抗体が上皮細胞まで回りにくいためと説明とされている。
このように1回聞いただけでは理解が難しいような内容であったも、上述の例えを入れてくれているので、ぱっとイメージできる。
このような補完的な説明が随所にあり、スムーズな読書の手助けをしてくれている。
  

一般的な感覚と専門家の見解の間のズレを正す

この本では、多くの人が直感的に思っていることだが、誤った認識をしている部分を、意図的に取り上げて、専門家である峰氏の意見を引き出している。
 
一例が、前の記事でも取り上げた、ワクチンの有効性について。
「90%の効果がある」というように確率を用いた表現は、何が分母で何が分子かをきちんと理解せずに、直感的に理解しようとしてしまう人が多い。
そういった一般人が感覚で認識し、誤っている部分を、山中氏は一般人の代表として確認してくれている。
 
また、PCR検査の項目において、山中氏が「無制限にPCR検査すべし」という立場にたって峰氏に意見をぶつけている。
未だに世間の多くの人が、「無症状でも感染の可能性ある→怖いから感染していないか確かめたい→無制限にPCR検査すべし」と、直感的に思っている。
そこで、敢えてそういった世間の多くの人の側に立って質問することで、論点を明確にし、「無制限にPCR検査をすべし」という意見の人から見ても、それが誤りだと気づけるように、峰氏の解説を引き出している。
 
 
以上で挙げたこと以外でも、議論のスピードの調整役を担ったり、山中氏が間違って認識していたところをあえて残しておいたりと、さまざまな工夫で読者がスムーズに、そして正確に理解できるように、本書は丁寧につくりこまれている。
これからワクチンの接種がはじまるが、不安に思う人や、もう少ししくみを知りたいと思う人にはオススメしたい1冊である。
 
ということで、この本は峰宗太郎先生の単著ではなく、あくまでも山中浩之氏との共著なのだということを感じた、という話でした。