墓参りを活用した子どもの成長の定点観測

ここ3年くらいになるが、墓参りに行くようになった。
とくにきっかけはないが、10年前に東京から地元に戻ってきて、墓参りくらいはしとかないとな、と漠然と思っていたのだが、この3年はお盆の時期に行くようになった。
基本、娘と二人で出かけるのだが、娘の目的は墓参りではなく、お寺の近くにある海水浴場で遊ぶことである。
 
はじめて2人でいった2年前は、それこそ墓参りのためだけに行き、近くに海水浴場があるのを見て、寄ってみただけだった。
とくに水着も用意していなかったのだが、水を見ると遊びたくなるが子どもというもので、裸になって海に入っていた。
 
去年は、前年の教訓を活かし、バッチリ水着も用意して、海に向かった。
私も水着を着て、数年ぶりに海で泳いだ。というか、ここまではっきりと海で遊んだのは小学生のときぶりだろうし、ここまできっちり海で泳いだのは中学のときの遠泳のとき以来だったと思う。
 
とにもかくにも、今年もお墓参りを済ませ、海に向かった。
 
すると、今年はコロナの影響だろう、正式に海開きしていないらしく、例年張られている、海水浴のエリアを示すネットがなく、ただの海岸という感じだった。
加えて、管理者がいないからだろうが、ゴミが多く、若者(かどうかはわからないが)がBBQした後のようなゴミが水際に多くあった。
コロナで何もかも中止という、思考停止の措置がここでも行われているようで、どうしたものかと思った。
 
そんな例年とは違う海だったが、娘は変わらず浮き輪をもってはしゃいでいた。
なにはともあれ、楽しそうでよかったのだが、毎度写真を数枚撮っているので、どのくらい娘が成長しているんだろう、と見比べてみた。
 
すると、思ってた以上に?成長していなくて、体格はあまり変わっていないのである。
去年と今年は同じ水着を着て、同じ浮き輪を使って、遊んでいたのだが、見た目ではその違いははっきりわからない。髪が少し伸びたくらいだろうか。
留守番していた嫁に、去年の写真を今年の写真だと言って見せたら、かわいいねと言うだけで気づかなかったくらいである。
さすがに2年前と比べると違いはわかるのだが、それでも飛躍的に大きくなったという感じではない。もちろん話す言葉はだいぶ成長しているのだが、このころ(3~5歳)の身体の成長というのはこのくらいのもんなのだろう、ということをはじめて知ることができた。
 
で、何が言いたいのかというと、こうした恒例行事の際に、子どもの成長を確認するという作業をするのは、なかなかいいことではなかろうか、と思ったということ。
写真は撮りためているし、たまに見返すのだが、定点観測的に比較しながら見返すということはあまりしていなかったので、とくに同じ場所での写真の比較は面白いなと思った次第。
この、お盆-墓参り-海水浴というセットは、ほぼ同じ季節に同じ場所に行くことになるので、それがやりやすいと感じた。
 
そう考えると、他にも転用できることがありそうだ。
会社の行事とかもそういう視点で見てみたいし、写真だけでなく、日記というのも定点観測できるツールかもしれない。
どちらにしろ、やり続けないと比較もできないので、とりあえずはこれを恒例行事として、来年もまた見返してみたいと思う。
 
ということで、来年は日焼け止めを塗ろう、と思った夏真っ盛りの日の日記でした。