自分の人生を自分の意思のもとに決めていきたい、と思う人は多くないのかもしれない~「自分の意見で生きていこう」を読んで(その3)

ちきりん氏著「自分の意見で生きていこう」を読んでの感想の第3回目(最終回)。
 
この本の第6章(最終章)には「オリジナルの人生へ」というタイトルがつけられていた。
ざっくり要約すると、これまでは決まった型の人生が用意されていて、それに沿って生きていればそこそこ幸せに生きることができたが、現在は多様な選択肢があり、自分で選んでオリジナルの人生を歩めるようになった、という感じ。
そのためには、これが自分の人生だと断言できることが重要で、自分の意見をもって生きる必要があると説いている。
 
このちきりん氏の意見はほんとそのとおりだと思うし、自分も自分オリジナルの人生を歩めるように、日々(そして人生の節目で)考えていかないといけないなと、改めて感じた。
 
だけど、多くの人にとって、今は自分オリジナルの人生を歩めるようになったんだ、という話を聞いて、自分もそうしたいと思う人はどのくらいいるのだろうか、とも思った。
 
まず、自分オリジナルの人生という概念がない人がほとんどかと思う。
1つの会社に勤めて、家族をつくって一生を過ごす、といういわゆる標準的な、少し嫌な言い方をすると、決められた型の人生を歩むべきと信じている人が大半かと思う。
これが悪いか言われると、もちろんそうも言えない。本当に自分がほしいものは何か、この人生で手に入れたいものは何か、考えることなく、多く人がほしがるであろう、家族にマイホーム、マイカーを手に入れて一生を過ごす。何が悪いかと言われると返答のしようがない。
 
じゃあ、例えばこの本を読んで、自分オリジナルの人生という考え方があるんだよ、と言われたとして、それをほしいと思う人がどれだけいるだろうか。
自分オリジナルの人生を獲得するためには、何よりも自分がこの人生で何がほしいのか考えないといけない。この考えるという行為が苦手な人があまりに多い。
考えるくらいなら、他の人に自分の人生を預けてもいいと(無意識下で)思っている人は、想像以上に多いと思う。
そのくらい、子どものころから考えるという訓練をしていないし、それを今さらやれと言われても困るという人が大半なのではないだろうか。
 
自分で考えて、自分の人生を設計する、そんなのめんどくさいから、これまでどおり決められた型の人生でいいよ、という人が大半ではなかろうかと思うわけである。
 
くれぐれも私自身は、ちきりん氏と同じで、自分はオリジナルの人生を歩みたいと思うし、他の多く人も自分オリジナルの人生を歩むべき、と思っている。
しかし、多くの人はそれを望まないのではないかと思った、というわけである。
 
私はとある会社の経営者なのだが、うちの会社の社員に、自分オリジナルの人生を歩むんだとスピーチしたら、みんなポカンするだろうなと思う。
でも、本心としては、うちの会社の社員には自分オリジナルの人生を歩んでほしいと思う。
なんだかよくわからないけどなんとなくこの会社でサラリーマン人生を過ごしてよかったという人生がいいのか、常に自分が幸せになるように会社を選び続ける人生がいいのか、私は後者の考え方なのだが、それをうまく社員に話をする自信がないなと、この本を読んで思った次第である。
 
ということで、多くの人は自分オリジナルの人生なんて望んでいないのではないか、と思ったという話でした。