オリンピックの開催可否に見る、比較して考えることの重要性

東京オリンピック、どうやら観客入れて開催するようである。 

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そういう決断をしたということであれば尊重したいと思うが、どうもどのように意思決定がなされたのかが見えてこない。
メディアで報道される内容も、開催か中止か、観客は入れるべきかどうか、といった具合に、単純な対立構造で伝えられるが、観客をフルに入れて開催、観客を制限して入れて開催、無観客で開催、中止といった選択肢があって(実際はもっと複雑だろうが)、そこからどれを選ぶべきかという意思決定がなされるはずである。
 
また、評価軸に関しても、世論やメディアは感染者数がどうなるかという1点だけで、開催可否の評価をしているが、当然のことながら評価軸というものは他にもある。
わかりやすいところで言えば、オリンピックの損益の話。開催した場合と中止した場合では当然変わってくるだろうし、観客を入れるかどうかでもかわってくる。
あとは、世界からどう見られるか、ということも大事な評価軸だろう。
 
以上のように選択肢と評価軸を列挙した上で一覧にまとめると下の表のような形になる。 
 
  観客フルで開催 観客50%で開催 無観客で開催   中 止  
放映権料        
入場料収入        
スポンサー料        
収益計        
費用計        
損益        
1人あたりの税負担        
感染者数予想        
各国からの視点        
 
主催者側もメディアも、こういった選択肢×評価軸という視点で伝えてほしいところだが、そういった内容の記事や放送は見たことがない。
 
仮に中止になった場合、当然のことながら放映権料や入場料収入はない。スポンサー料はどういう扱いになるのかわからないのが、おそらく開催された場合に比べると少なくなるはずである。それに対して、かかる費用は当然のことがながら0にはならない。その費用がだいたいどのくらいの額で、損益はどのくらいになるのか。また結果として、国民(都民)1人あたりの税金がどのくらい増えるのか、がわからないと議論にならないはずである。
中止にした場合の負担額が大きいとなった場合、それでも中止がいいという人はそう表明すればいいと思うが、ここが抜けて、ただ感染者数が増えそうだから中止にすべき、というのは議論が片手落ちだと思う。
 
これは会社内での議論でもよくあることだが、ある選択肢だけを評価したり、またはある評価項目だけで判断したりしてしまう、なんてことはよくある。
ある決断をしないといけないときは、可能性のある選択肢をすべて挙げて、また評価項目を整理した上で、それらを俯瞰して意思決定しなければならない。
 
今回のオリンピックに関しては、主催者は当然のことながらこういった議論はしているとは思うが、全体感をもって説明してほしいし、メディアも全体的な視点をもって主催者の判断を評価してほしいなと思った次第である。
 
ということで、重要な意思決定をする際には、選択肢と評価項目を洗い出すことが大事ですよ、という話でした。