コロナ下でのオリンピックを考える

これまでとくに興味・関心もなく過ごしてきたのだが、いろいろと考えるうちに(開催されるのであれば)しっかり見ておこうと思うようになった。
そこで、まずは各競技のスケジュールを確認してのだが、そこで1番感じたのは、「予定通り」の東京オリンピックを開催しようとしている、ということであった。
昨年、新型コロナウイルス東京オリンピックの1年の延期が発表されたが、もともと2020年に開催しようとしていた内容を、2021年にそのままスライドさせようとしているのだなと感じたというわけである。
 
昨年の段階で延期するという決断をしたことには異論はないし、そうせざるを得なかったと思っている。
しかしながら、昨年から1年後の今年に延期するとして、コロナが完全に終息している可能性は低かったわけである。現状ワクチン接種が進んでいるが、昨年の段階ではワクチンの開発状況すらわかっていなかったので、今現在が現状よりさらに悪い状況ということも十分に考えられたはずである。
となれば、延期されて2021年に開催されることとなった東京オリンピック、その延期の1年でよりコンパクトにすることは考えなかったのだろうか。
 
例えば、開閉会式。スケジュールを確認するとともに3時間という枠が設けられている。
コロナがなかった世界であれば、大々的に開会式や閉会式をするのに異論はないが(ほんとはなくもないが)、この状況でこんな長時間の式典が必要なのだろうかと思ってしまう。内容自体は、変更が検討されたことが報道されていたが、時間も短縮して必要最低限にまで圧縮したり、開閉会式自体を中止するといった案まで検討はされたのだろうか。
もちろんチケットが販売された後だったので、前提が変わればクレームになるという可能性は十分に考えられるが、それでも状況を鑑みれば理解されると思う。チケットについては、希望者はキャンセルを受けつけるという対応でもいいかもしれない。観客を制限して入れるということであればある程度間引けるだろうし、フルで入れることにするのであればキャンセル分を改めて販売すればいい。
何はともあれ、こんな長い式典をやる必要はないと考える。
 
また、昨日の記事でも書いた野球の日程。6カ国しか参加しないのに、リーグ戦とトーナメント戦あわせて16試合が予定されている。これも、3チームのリーグ戦で3試合、リーグが2つあるので計6試合。各1位どうしで決勝戦ということにすれば7試合で済む。平時であればいかに試合数を増やすかが大事だろうが、こういった状況であれば試合数を減らすことを考えても良かったのではないかと思う。こちらもチケット問題はあるが、キャンセルを受け付けることで、ある程度の対応はできたのではないだろうか。
 
他にも、陸上や競泳では、予選→準決勝→決勝という順番での競技スケジュールが組まれている。これなんかは予選→決勝でも良さそうだ。
こういった思い切った合理化が平時にはできないだろうが、コロナ下ということで方針をはっきりさせ、ミニマイズされたオリンピックを志向してもよかったのではないかと感じたわけである。
 
最近のオリンピックでは、よくコンパクトな大会というコンセプトが掲げられるが、コンパクトするのは会場間の距離ではなく、競技数や種目数のコンパクト化が必要なのではないだろうか。
今回の場合、延期を理由に競技数を減らすわけにはいかないだろうが、その中の種目数や試合数はもっとコンパクトにできたのではないかと感じた次第である。
 
ということで、コロナは肥大化したオリンピックをコンパクトにするチャンスだったのではないか、という話でした。