R-1ぐらんぷりに見る、賞レースレにおけるギュレーションの重要性

昨日の記事で、R-1ぐらんぷり2022における、審査員の得点のつけ方について言及した。
この問題はR-1に限らず、賞レースでは起こりうることなので、審査員を務める人には考え方を整理した上で審査に臨んでほしいなと思う。
 
R-1に限った問題として感じたことは、R-1は審査員の意見が割れがちということ。
これは審査の問題というよりは、ピン芸という枠での賞レースゆえに起こるなので、大会のコンセプトの問題ではあるが。
フォーマットが決まっておらず、ピン芸という縛りしかないため、異なるジャンルのネタを比較しないといけない。だからこそ、審査員の好みに左右されるなと感じた。良し悪しや上手い下手よりも、好き嫌いが反映される傾向がある。
このことが悪いと言っているわけではないが、どの人が審査員になるかによって、優勝者が変わってしまうこと可能性が高く、その分賞レースとしての価値を担保するのが難しいと感じた次第である。
 
もう1つ、とくに今回の大会で問題だったと感じたこと挙げておきたい。それは同点だったときのレギュレーションについて。
今回の大会では、1位と2位が1点差、2位は3人が同点と、上位の点差がかなり詰まっていた。審査員の点数のつけ方がかなり影響したことは昨日の記事で書いた。
 
今回問題として取り上げたいのは、同点だったときの扱いについて。
2位で3人(お見送り芸人しんいち、吉住、金の国渡部おにぎり)が並ぶことになり、審査員が1名決勝に残したい人の名前をスケッチブックに書いて、最も票が入った人が決勝に行くという方法が採用された。
 
この場面を見て、これは大きな問題だと感じたわけだが、その理由は2つ。
 
1つは、スケッチブックに書くということ。
こういうことをやるから、R-1はいつまで経っても、M-1キングオブコントに比べて格が低いと思われてしまうのだ、と感じた。
当然想定される事態、もう少しマシな体裁を取れなかったのかと思う。
とはいえ、これは些細な問題。
 
もう1つがより重要な問題だが、このやり方だと予選のときにつけた得点の意味がなくなってしまうということ。
こういった同点だった場合の扱いは、より高得点をつけた審査員が多い人が上位にくるようにすればいい。
それなのに、再度誰にするか決めさせるのは、審査員のことを信用していないということになってしまう。
実際に、審査員の陣内智則は、予選ではお見送り芸人しんいちに92点、吉住に91点、金の国渡部おにぎりに93点つけており、この3人で選ぶなら金の国渡部おにぎりになるはずなのに、お見送り芸人しんいちの名前を挙げている。
 
これだと、予選のときにこの3人につけた得点は何だったのか、ということになってしまう。こんな紛れの要素を排除するためにも、素直に得点の高い人が多いほうを選べばいいのである。
 
そのやり方でやるとどうなるか。
各審査員がこの3名のうち誰を上位にしたかを確認すると、ザコシショウがお見送り芸人しんいちと渡部おにぎりが同点で吉住より上位、野田がお見送り芸人しんいち、小籔が吉住、バカリズムも吉住、陣内は渡部おにぎりとなる。
この段階では決着がつかないので、ザコシショウにお見送り芸人しんいちと渡部おにぎりのどちらかを選んでもらう。実際、番組内でザコシショウはお見送り芸人しんいちの名前を書いていたのでこちらなのだろう。
そうなると、お見送り芸人しんいち2票、吉住2票、渡部おにぎり1票となる。
そこで、渡部おにぎりに入れていた陣内が、お見送り芸人しんいちと吉住のどちらを選ぶという手順になり、ここでお見送り芸人しんいちのほうが点数が高いので、お見送り芸人しんいちが決勝進出ということになる。
 
どうせ同じ結果になるのだから、いいではないかと思った人もいるだろうが、賞レースだからこそここまでキッチリやる必要があると私は考える。
繰り返しになるが、安易に予選と違う順位で決勝進出が決まるということになると、審査員が得点をつけるという行為自体の意味づけが下がってしまい、それが大会の権威にキズをつけることになるからだ。
 
ここまで書いて気づいたのだが、R-1はこのあたりの大会の権威というか価値を高めようということにあまり重きを置いていないように思われる。
安易に視聴率を稼ぐことばかりを考えて運営してきた結果、M-1キングオブコントといった他の賞レースより格が低いとみなされ、引いてはそれが視聴率にも影響しているのではないだろうか。
少しでも恣意的な要素が入ると見ているほうはそれで冷めてしまう。そういったことにならないように、きちんと運営してほしいな思った次第である。
 
ということで、賞レースを謳うからには、ルールやレギュレーションはきっちりしたほうがいい、という話でした。