当たり前をありがたいと思う

前回のこのブログで、娘(小学4年生)がお子様セットみたいなものを頼みにくくなってきたということを書いた。他の子の目が気になるようで、その影響もあって、外では甘えてくることもなくなってきている。

 

正直これまでは、抱っこしてとか撫でてとか甘えてくると、面倒くさいと思うことが多かった。今やっていることを中断しないといけないとなると、後にしてとか思ってしまう。甘えてくるのが当たり前で、当たり前だから面倒くさい、という構図である。

でも、そんな当たり前で、面倒くさい日常も、あと少しかもしれない。当たり前でなくなり、むしろありがたかったんだと思う日が近づいている。

 

私はたまに、5年後から来た自分という設定で子どもたちと接している。5年後のもっと生意気な子どもたちを想像すれば、今でも十分に生意気な子どもたちもかわいく見えてくる。

もちろん、5年後の娘は抱っこなんかさせてくれない。もうそのときは当たり前ではないのである。

 

そんなわけで、ここ数日、お子様セットを恥ずかしがる娘を見て以来、抱っこをせがんできたときはできるだけするようにしている。もうこれで最後かもしれないと思うと、当たり前がありがたく思えてくる。

 

ということで、親離れは着実に進んでいる、という話でした。

 

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