「株はもう下がらない」を読んで、憂鬱な気持ちになる

私が今最も注目しているエコノミストが、朝倉慶氏である。

昨年後半あたりからYouTubeでよく見るようになり、その論理展開やテンションの高い語り口がクセになっている。氏は株高を予想しており、昨年の日経平均50,000円を予想し的中させ、さらに今年2026年は日経平均は70,000円まで行くと予想している。ただ闇雲に株高を主張しているわけではなく、リーマンショックのときはいち早く暴落を予想し、そのときは売りを主張していたとのこと。市場の現場感覚に優れ、しかもそれを裏付ける論理も一部のデータに頼ることなく、広い視野から洞察できる稀有な存在だと思っている。

 

さて、そんな朝倉氏の新著「株はもう下がらない」を読んだのだが、このタイトルに込められた意図として、文字通り「下がらない」というものと、もう1つ「下げられない」という意味があると理解した。

 

まず、「下がらない」の意味。

現状、デフレは完全に終わり、インフレ時代に入ってきている。加えて、時の政権の政策は物価高対策と称して、減税・補助金・給付金のオンパレード。資源や人手といった供給が制約されているのに、需要を喚起するような政策ではインフレが収まるどころか、ますます加速させていくことになる。となると、実物資産である株は下がらない、ますます上がっていくという理屈である。

 

もう1つの「下げられない」の意味。

こちらは、リーマンショック時のFRBが実行した巨額の資金供給を挙げて、恐慌時の処方箋が確立したと述べている。要するに、株価が大きく下げたときは、中央銀行が大量の資金供給することで、恐慌は防げるというもの。その後のコロナ禍でも、リーマンショックを上回る資金供給がなされて、金融市場のクラッシュは防ぐことができた。株価が暴落しそうになると、金融緩和が再開される、だから株は下がらない。

加えて、これまでは<経済が先にあってそれを見て金融市場が動く>だったのに、現在は<株価が経済に効くこと>がわかってきており、<株価の暴落は致命的>と考えられるようになってきた。そのため、国を代表する象徴的な指数が暴落した場合は、単なる市場規模に留まらないで、国家の信用危機と捉えられるようになってきており、国を代表するようなインデックス指数は、純粋な市場というより、国家にとっていわば副次的な政策変数になってきたと考えるべきであると、朝倉氏は喝破している。だから、株価は下げられないというわけである。

 

この「株はもう下がらない」というタイトル、一見すると株価が下がらないんだから、それはいいことだと思うかもしれないが、そんなことはない。その分、貨幣の価値は減価し、物価は上がり、消費者の生活は苦しくなることを意味している。そのことを、この本の全編を通じて説明されている。そんな近未来を想像すると、正直憂鬱な気持ちになるが、それを憂いていてもしょうがないので、個人として、そして会社の経営者として対策を考えていきたいと思う。

 

ということで、「もう株は下がらない」を読んで憂鬱な気持ちになった、という話でした。