この週末、息子の幼稚園のクリスマス会があった。
年少と年中は、数人のグループに分かれてダンスを踊り、最後にみんなで合唱という構成。
1年前、年少のときは、ダンスの幕が開いても息子はそこにおらず、舞台の袖から見ていた。合唱のときも、先生に抱っこされてようやく出てくるといった具合だった。
それから1年、今年はいうと、練習のときから楽しくダンスをしていたようで、とくに問題なさそうな様子。当日もイヤだとか言うことはまったくなく、こちらもとくに心配をすることなく、観覧しに行った。
息子の出番になり、幕がゆっくり開くが、そこには座って下を向き、音楽が鳴り始めるのを待っている息子がいた。動かずに格好良く待機していた。問題ないのはわかっていたが、そこにいたことに正直ほっとした。
音楽が始まってからも問題なく(手と足がいっしょに動いたりはしていたが)踊っていて、危なげなく終了。ちょっと目頭が熱くなりながら、その勇姿をスマホのカメラで撮影することもできた。
そんな感じで、無事クリスマス会を終えることができたのだが、逆になんで去年は出てこなかったのか。本人は恥ずかしかった、と今も言うのだが、もしかするとただそれだけなのかもしれない。恥ずかしいと、歌ったり踊ったりの楽しさとを比較したときに、去年は恥ずかしいが勝っていたが、今年は楽しいが勝っていたのだろう。あまり深く考えずに、息子の気持ちを素直に受け止めたいなと思った次第である。
あとクリスマス会で思ったこと。このクリスマス会、数人の単位のダンスをチームに分かれて披露する形式だが、その選曲は担当の先生が決めるらしい。
若い先生が選ぶ曲は最近の曲で、どうやら保護者もほとんどわかっていない模様。一方、年配の先生が選ぶ曲はちょっと古めの曲で、メジャーな曲はわかるが、ちょっとマイナーな曲だと、これまた若い保護者はわかっていない模様。ということで、一番盛り上がったのは、保護者世代の曲で、どのみち子どもたちは曲のことをよくわかっていないみたいなので、親をターゲットにした選曲を多めにしてもいいのではと思ったりした。
ということで、息子の幼稚園のクリスマス会を観てきた、という話でした。