先日の家族旅行で、大学の同級生と軽井沢の民泊の別荘でBBQなどを楽しんだ後、東京に1泊した。子どもたちもいるので、そのまま帰るのはきついだろうなと思っての判断だったが、ちょうどその日は豪雨が重なり新幹線もストップしていたので、ちょうどよかった。
さて、その東京での1泊だが、今回は大塚に宿泊。
夕方と朝方、それぞれでまわりをちょっと散歩したのだが、池袋が近くと思えないほど、古くからの民家や商店が残っており、正直大都会東京に似つかわしくない路面電車も都電荒川線も走っている。民家の密集具合が、神奈川県にある私の母親の実家まわりの40年以上前の風景に近く、懐古的な気分になった。
そんなノスタルジーが風景がまだ東京では温存されているのだなと思ったわけだが、ではなぜこの令和の時代にこんな風景が残っているのだろう。ちょっと考えてみた結果、人口が保たれているということと、一方で再開発するにはコストが高すぎる(パフォーマンスが悪い)ということの合わせ技なのではないかという考えに行き着いた。
大塚といえば山手線が止まる駅。池袋からも近く、利便性の面ではかなり高い。駅周辺はそこそこ再開発も進んでいる。しかし、少し離れると上述したように民家が密集していて、昔ながらの商店も営業している。
これはひとえに人口が減らないから温存されているわけで、住む人も商売する人も、現状維持でやっていけてるということだろう。これがちょっと地方に行くとそうもいかない。人口は減少して、まず商売が立ち行かなくなる。すると利便性が下がり、また人が減る、というサイクルに入ってしまう。それに対して、東京のこういった地域は人が減らない。だから今のままをずっと維持できるわけである。
その一方で、民家が密集していると、再開発しようにも調整が困難になる。人がいなくなれば再開発もしやすくなるだろうが、人がいれば調整が難しい。その困難を打破してでもリターンがあればやるだろうが、そこまでのコストをかける意味がないと判断しているのだろう。なので、前進もしない。
前進もしない、後退もしないということで、昔ながらの昭和の風景が今にも温存されている、と考えたわけである。
では、今後はどうなるか。おそらく当面(20~30年くらいスパン)はこの風景は温存されるものと思う。それは状況が変わらないと思うから。東京の一等地とは言わないが、利便性は変わらないし、よって人口も変わらない。逆に大きく増えることもないので、今のままがちょうどいいということになると思われる。
また機会があれば、5~10年後くらいにこのあたりを歩いて、この仮説を検証してみたいと思う。
ということで、東京にはノスタルジーが温存されやすい土壌がある、という話でした。