取材を受けるのはいいけれど…

私は会社の経営者をしているということで、たまに取材を受けることがある。

2018年に代表に就任した際は、業界紙や地元紙からの取材がけっこうあり、これはいつまで続くのだろうと思ったこともあるが、当たり前だが、時間が経てばそういった取材はなくなる。

その後は、何か新たなトピックがあったときなどに取り上げてもらうこともあり、ありがたいなと思う一方で、こちらが話した趣旨が伝わらず困惑することもある。今回は後者の例で困ったことが続いたのでまとめてみたいと思う。

 

その取材、終わってから原稿が上がってきたのだが、こちらの説明が悪かったのか、話した内容がうまく伝わっておらず、正直トンチンカンな内容になっていた。

なぜそういった内容になるのか、原因は3つあるかと思う。

1つは、内容に不正確な部分があること。

2つめは、論理がつながらない箇所があること。

最後3つめは、こちらが伝えたいニュアンスと異なること。

 

このうち3つめは、半ばあきらめていて、ニュアンスを正確に伝えるのは難しい。だから、ここはそういうことじゃないんだよなと思っても、基本そこは流す。

また、1つめと2つめも、それでもそのどちらかだけだったら、対応のしようもある。記事の内容に不正確な部分があれば、いわゆる赤を入れて修正できればいい。

また、論理的につながらない箇所があるのであれば、元の文章を活かしつつ、補足するなり、順番を入れ替えたりすればいい。

しかし、この両方が重なるとどうにもならない。最初は、ここが事実と違うなと思って赤を入れるのだが、次第にここはつながらないぞというところが目について、直しようがないということになる。加えて、だいたいこういうときは、こちらが伝えたいと思っていたニュアンスと異なる内容になっていることも多く、だったら最初から自分で書いたほうが早い、となってしまう。

 

実際、今回のケースでは、うちの会社のスタッフや私で書き直すことになった。編集権は基本取材者側にあるので、これでいいのかと思いつつ、先方も問題視していないので、結局これが一番早いだろうと判断した。こちらとしては、取材を白紙に戻して、なしにすれば早いのだが、そこまで言うのも憚られる、ということでこういう対応となってしまった。サンクコストの罠というか。ただ、断りにくいだけとも言えるが。

 

今回の件、けっこう労力がかかったし、それ以上に心理的な負担も大きかったので、今後は取材はできるだけ精査したいなと思った次第である。

 

ということで、取材も受けるだけでは終わらないこともある、という話でした。