「かわいくない=嫌い」なのか

先日のVoicy「西野さんの朝礼」で、西野氏が日本語が読めない日本人が多いということを話していた。詳細は割愛するが、これはまさにそのとおり、書いてもいないことを勝手に解釈する人が多いのは同感である。

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なんて思っていたら、身近にそういう人がいたので、そのお話。

その身近な人は、私の娘(小学3年生)。

 

小学生も中学年くらいになると、それは生意気盛りで、二言目には何かしら反発をしてくる。それ自体はそういうもんなんだろうと諦めているというか、自然なことなので気にしていないのだが、それを受けて、私が「かわいくない」というと、娘は「私のことが嫌いなんだ」とすぐに凹む姿を見ると、ちょっと心配になってくる。

そういったことも含めて、小学生はそんなものだと言われればそうかもしれないが、私は「かわいくない」と言っただけで、「嫌い」とは一言も言っていない。それどころか、娘には「どんなことがあっても(娘のことを)嫌いになることはない」といつも伝えているのだが、そのことはきれいに忘れて、「私のこと嫌いなんだ」と返してくる。

まさに日本語が読めない(聞き取れない)日本人の典型。言ってもいないことを勝手に解釈するなと言っているが、なかなか通じない。

 

さて困ったことだと思っていたのだが、これを少しは理解してもらえるきっかけがあったので、そのことも紹介したい。

それは、娘の弟(私から見たら息子、4歳)とのコミュニケーションでのこと。

息子もだいぶ言葉を発する年齢になったようで、今では一方的にしゃべり続ける感じ。その中で、お姉ちゃん(娘のこと)の真似をして生意気なことを言ってくる。それを見て、娘に「(生意気なことを言ってくる息子のことが)かわいくないでしょ?」と聞くと、娘も「たしかに」と返してくる。でも、「嫌いじゃないでしょ?」と聞くと、これも理解してくれる。

私がどういう気持ちで娘に対して「かわいくない」と言っているのかを(少しは)理解してくれたようで、抽象的な概念で説明するよりも、具体的な事例で説明したほうが、まだまだ認識がしやすい、そんな年頃なんだなと思った次第。

 

さらには、振り返ってみれば、私も中高時代、国語が(現代文も古典も)あまり得意科目ではなく、勝手に書かれてもいない作者の考えや、登場人物の気持ちを回答していたことを思い出した。もちろん今ではそういったミスをすることは(おそらく)ないと思うし、なんなら仮にテスト受けたら現代文が他の科目よりも一番点をとれそうな気もするので、娘に関してもまだまだ改善の余地もあるのだろうと思って、丁寧に教育していくことを怠らないようにしたいと思う。

 

ということで、子どもたちが日本語が読めない日本人にならないように教育したい、という話でした。