時間があればやりたいことはたくさんあるが、いざできたとして実際にやるのか

うちの家庭には6歳の娘と1歳の息子がいて、土日は子どもの面倒を見るため、なかなか自分の時間を取ることができない。
だいたいの土日のルーティンは、どちらかの午前中は自分の時間として確保しており、仕事の振り返りや翌週の準備、日記やブログを書くのに使っているが、それ以外の時間は、娘と息子を連れてどこかに出かけるなど、子どもたちと過ごすことに時間を使っている。
幸か不幸か、コロナで土日はゴルフなどの予定があまり入っておらず、飲みに出る機会も少ないので、家族との時間に充てることができている。
 
これはこれでいい時間の使い方だと思ってはいるのだが、一方で土日の時間を全部自分のために使えるのであれば、やりたいなと思うことはいろいろある。
 
例えば。
朝起きて、ランニングをして、戻ってからコーヒーでも飲みながら読書。
午前中は仕事の整理や、日記・ブログ書き。
それからスポーツジムにでも行って、筋トレしてから風呂やサウナに入ってリフレッシュ。
夜は軽く飲みながら、ぼーっとテレビで野球でも観る。
もしくは、温泉に行ったり、キャンプで焚き火するのもいいかもしれない。
そんなことを夢想したりする。
 
こんな感じで、やりたいことがいろいろと思い浮かぶのだが、これらは子どもができる前であればいくらでもできたことで、今思えば、独身のころは時間のありがたみがわかっておらず、随分時間の浪費をしたものである。
 
ここから得られる教訓は、時間(に限らならないのかもしれないが)はなくなってみないと、そのありがたみはわからないということ。
学生のときや独身のときは、飲んで1日何もせずに過ごすことはザラにあったし、夜中何の気なしにネットサーフィンをしてて夜が明けるなんてことも多かった。これはこれで楽しかったのだが、今思えばもったいない。もっと有効な時間の使い方ができたはずである。
今のように、時間が限られたほうが、それだけ大事にしようという気になる。制約があったほうが、工夫して有効に使おうとするものである。
 
今後子どもたちが親離れして、時間ができたとき、やりたいと思っていたことを実際やるのだろうか、と考えることがよくある。
制約がなくなっていざ時間ができると、ダラダラと浪費してしまう可能性も大いにあるかもしれないと思っている。
だからこそ、今度は時間を大事に使えるよう、今のうちから心の準備をしておきたいと思っている。
子どもが相手してくれる時期はあとぜいぜい10年くらい。そのときに晴れて自由な時間を確保できたとして、時間を浪費しないよう、10年後の自分にメッセージを残しておこうと思った次第である。
 
ということで、10年後にこの記事を読み返そう、という話でした。