子どもは知育玩具で勝手に遊んではくれない

先日、6歳の誕生日を迎えた娘に、腕時計をプレゼントした。
キャラクターが入った小さな腕時計なのだが、まだ時計が読めないというか時間の概念をハッキリ理解していない娘には、その時計で時刻を把握することはできない。
ただ、これをきっかけに時計がよめるようになってくれればいいなという思いもあり、娘の希望を聞くことにした。
 
これをきっかけに時間に興味をもってくれればという親の希望はあるのだが、実際のところ腕時計をしただけで時計をよめるようにはならない。
親がかなりコミットしておしえないと、時計の見方や時間の概念の理解はできないと思っている。
 
自分で言うのもなんだが、私はかなり小さいころから時計をよめていたらしく、少なくとも幼稚園に入るころにはわかっていたようである。
母親曰く、おやつの時間をしつこく聞いてくるものだから、仕方なくおしえたらすぐに理解をしたらしい。
 
自分がそんな感じだったので、娘も勝手に興味をもって覚えてくれるものと思っていたが、どうもそうではないらしい。
やっと今日と昨日と明日の区別がわかるようになってきたくらいで、まだまだ細かい時間についてはこれからである。
 
私はこれまで、子どもは勝手に学んで、勝手に育ってくれるような感覚があったが、どうもそうでは気づくようになった。
そう気づくきっかけは知育玩具。いわゆる勉強のようなものは進んでやるとは思っていなかったが、おもちゃであれば一人で進んで遊んでくれると思っていた。
 
まず買ってみたのだが、これ。

 

当時、藤井聡太棋士が子どものときに遊んでいたということで話題になり、これは面白そうと発注。
1年以上も納期がかかったが、たしか4歳のときの娘の誕生日プレゼントにしたのを覚えている。
こういった玩具は子どもが勝手に覚えて遊んでくれるものと期待していたが、やってみるとなかなか難しいらしく、ただ積み上げることがしかできない。
6歳になった現在でも、私がいっしょになって遊ばないとうまく積み上げることはできない。というか、むしろ私が一人で説明書見ながら組み立てている。ハードルはけっこう高いようである。
 
もう1つ、こんな知育玩具も買ってみた。

 

これは、とあるキッズルームにおいてあり、娘と私でチャレンジしてみたら、思いがけず面白く自宅用にも買ってみた。
しかし、こちらも上述のキュボロと同様、娘が一人で遊ぶことはない。
私がいっしょになってついていないとやろうとはならないのである。
 
まあしかし、こういった知育玩具も向き不向きや得意不得意があるのだろうし、娘も決して嫌いな感じではなく、自在にあやつって遊ぶという感じではないが、私がいっしょになって遊べば楽しく取り組んではくれる。
事程左様に、勝手に学んで成長してくれると考えるのが、ずいぶん身勝手なことで、ある程度親がいっしょになって遊んだり学習したりしないといけないのだなと、考えるようになってきたというわけである。
 
娘は来年から小学生になるのだが、学習などに関しては、本人に任せて自主的にやる部分と、親がある程度コミットしていっしょにやる部分を見極めながら、いっしょに進めていければいいなと思った次第である。
 
ということで、時計のよみ方については、どこかで集中的におしえようと思っている、という話でした。