100食以上売りたいという誘惑

Audiobookで「売上を、減らそう。」という佰食屋の経営者である中村朱美氏の著作を聞いた。
佰食屋とは、1日100食限定でステーキ丼を提供する定食屋で、この1冊は佰食屋の経営者が、その経営の考え方や施策について語っている書籍である。
 
佰食屋はまさにその名のとおり、「100食しか売らない」ということが事業のコンセプトになっており、そのコンセプトを起点にさまざまな施策を行っている。
例えば、100食限定なので、ランチ営業しかしなくていい。よって、従業員は夕方までに帰ることができる。働き方改革ではないが、長時間労働を前提としない働き方を実現している。
また、100食限定と決めているので、仕入量も一定で、フードロスもない。だからその分を原価に上乗せさせることができ、いい質の肉を使うことができている。
さらには、無理な集客をする必要をしないため、宣伝広告費をかける必要がなく、高い原価率や余裕をもった人材配置を実現できている、というわけである。
 
これはまさにコロンブスの卵で、言われてみればそのとおりなのだが、従来の飲食業とは真逆の考え方で、これまで実現した人がいなかったということで、注目を集めている。
 
楠木建先生の「ストーリーとしての競争戦略」に沿って考えると、「100食しか売らない」がコンセプトであり、キラーパスになっている。
「100食しか売らない」というコンセプトが、戦略全体に一貫性を与えており、一見すると不合理だが、全体では合理を実現している。
 
しかしである。これは言うは易く行うは難しである。
この戦略ストーリーは、絶妙なバランスの上に成り立っていて、「100食しか売らない」が崩れるとすべてが崩れてしまうのである。
そして、この「100食しか売らない」を守るのは想像以上に難しいのではないかと思う。
 
それはなぜか。
その説明のために、簡単な利益試算をしてみたい。
 
まず売上だが、これはHPのメニューをもとに算出。
客単価がだいたい1,500円くらいと想定。100食限定なので、1日の売上は1,500円✕100=150千円。
毎週水曜日が定休日のようなので、1ヶ月を25日として、1ヶ月の売上は150千円✕25日=3,750千円
またこの本では、原価率が50%、人件費率が30%、家賃が売上の8%程度と紹介されていたので、それぞれの費用と利益を計算すると以下のとおりに。
原価:3,750千円✕50%=1,875千円
人件費:3,750千円✕30%=1,125千円
家賃:3,750千円✕8%=300千円
利益:3,750-1,875-1,125-300=450千円
その他諸経費もあるだろうからここからある程度引かないといけないが、ここではそれらを割愛すると、利益は月に45万円程度となる。
 
ここで誰もが考えることは、毎日100食完売するのであれば、もう少し売ったらどうか、ということである。
そこで、ここでは150食売るとして、同じように試算してみたい。
売上と原価は販売量に比例して増えるが、固定費(人件費と家賃)は変わらない。
余裕のある働き方を提供するために、余裕をもった人の配置をしているということなので、50食の追加は十分可能であると考えると、以下のとおりとなる。
売上:1,500✕150✕25=5,625千円
原価:5,625千円✕50%=2812.5千円
人件費:1,125千円
家賃:300千円
利益:5,625-2812.5-1,125-300=1,387.5千円
計算すると、利益は約140万円となり、販売数量を1.5倍にすることで、利益は3倍以上になる。
 
これをさらに200食売るとすると…、多少人件費は高くなるのかもしれないが、いったん固定して計算すると、利益は2,325千円。
残業代などで、人件費は上がるかもしれないが、売上数量を2倍にすることで4~5倍の利益になる。
 
このように、普通の経営者であれば、こんな皮算用をしてしまい、少しずつ売上を増やそうと考えてしまう。
しかし、おそらくこれをやってしまうと、絶妙なバランスの上に成り立っていた戦略が崩れてしまう。
せっかくゆとりのある働き方ができていたのに、残業を強いられ離職率が上がったり、材料のロスが出て材料費の高騰につながり、それが引き金で材料の質が下がったりなど、思ったようにはいかないはずである。
 
著者はそのことをわかっているのだろう。
ただ、それでも「100食しか売らない」を実際に守り通せるのはすごいことだと私は思った。
誰しももっと利益を稼ぎたいと思うほうが普通であると思う。
だからこそ、この「100食しか売らない」というコンセプトをきちんと実行に移すことは、思っている以上に難しいのではないか、そう感じた1冊だった。
 
正直なところ、私は経営者としてここまで潔い決断はできない。
しかしながら、何かを捨てることで何かを得る、という考え方は参考になった。
そういった視点で自分の会社の経営を見直してみたいと思う。
 
ということで、ソロバンを弾くと誘惑が大きくなる、という話でした。